脳梗塞で片麻痺になった私が保護猫カフェを作るまで~

2019年に31歳で、もやもや病から脳梗そ左片痲痺の車椅子になった私が保護猫カフェを作るまでの記録です

リハビリ 開始【闘病記その8】


もやもや病から脳梗塞になり、病院に入院、頭蓋骨を外したのが2019年の6月19日。
それで、呼吸器や栄養の管など、身体に繋がっていた管が全部抜けたのが24日。
そして7月6日からついにリハビリが始まりました!!!!
最初にしたリハビリ は、ベッドから起きて車椅子に移乗するリハビリ。
すっごいガタイのいい男性がきて肩に捕まってと摑まされて、とにかくこのかさんは立つ事だけに集中して!といわれ、ベッドから立つ。
立つと言っても、ずっと前から抱き締められる形で支えられてるんので、あまり自分の足で立っている感覚はない。
そしてあっと言う間に向きを変えられて、気付いたら車椅子に。
なんか、ふらふらします。と伝えると、すぐにはかられる血圧、60しかない!
だって病院に運ばれて、18日間寝たっきりだったのに、急に起きたんだから血圧下がってもしかかたない!と言われ、今日は車椅子で昼ご飯を食べる。これがリハビリといわれ、車椅子でに座ったままお昼ご飯を食べました。
本当に疲れた。
早くベッド帰りたい。でも食べ終えないと帰れない。必死になってごはんを食べて、歯を磨きをしてベッドに帰して貰いました。
本当につかれた。
この日から毎日お昼ご飯は車椅子に移って食べるように。
それに慣れきたらリハビリ 室に移動して平行棒という棒をつかみ立つ練習がスタートしました。
た。
1日のスケジュールとしては、朝の11時から車イスに起きて起立練習
12時から車椅子でお昼ご飯をたべて、車イスに座ったまま待機
13時から小1時間リハビリを行ないベッドにかえりお昼寝して、夕方4時頃になると言語聴覚士さんがらきてプリントのリハビリ
これが一日のリハビリ スケジュール。

一日3回。私が頭蓋骨を外した病院は急性期病院だったため、一日のリハビリは3回でした。棒につかまって立つだけのリハビリ もかなり難しく、自分ではまっすぐたってるつもりなのに、だんだんと左に傾く体。
そしてもっときつかったのが、歩行練習。
歩行練と言っても、左足は完全に麻痺してるためまったく動かないので、立たされた後に、1人の看護師さんが、左ひざが、折れないように支えて、もう一人のリハビリ さんが、私の左足を少し前に出す。そして、わたしは自分で右足を出す。これをくり返す。
その繰り返しで数メートル進んだだけで汗だく!
足とか痛くない?としきりに聞かれましたが、あしは痛くなくて、あしより痛い場所、それがおっぱい!

入院して二週間以上寝たきりで、ブラジャーをつけると言う概念がキレイに二抜け落ちていた私。
ノーブラでのリハビリは、左脚をリハビリさんに出してもらって自分で右足を出した時の衝撃で揺れるおっぱい、その度に走る激痛。正直、おっぱいがちぎれるかとおもった!!!
そしてリハビリさんんに、誰でもいいから背後からおっぱい支えといて下さい、とお願いするも、それはできないよ!!と言われる。
余の痛さにテンションダダ下がりの私。とりあえず親にブラジャーを持って来てもらってらリハビリ の時はつけるということで話しは落ち着きましたが。
ブラジャーの偉大さを感じました。
ブラジャーいつもありがとう!!!